2004年6月21日月曜日

『東京から語るふるさとへ 』京都新聞 2004年06月21日

東京から語るふるさとへ
「モノ・マガジン」ライター 島田 昭彦さん

スポーツの取材で年に10回くらい海外へ行っていたころ、出身地の話になると、外国の人は京都に強い興味を持ってくれた。高校生のときは「(紋章職人の)親とは別の道に進みたい」という思いが強く、京都を飛び出したかった自分が、外に出て京都出身というアイデンティティを認識する機会が増えた。

京都のよき人、こと、ものを伝えたい-そう思っても、初めはなかなかイメージと現実が一致せず、うまくいかなかった。ようやく、この二、三年で点と点がつながってきたという感触がある。

昨年、「モノ・マガジン」という雑誌で「京都で買いましょう」という一冊丸ごと京都の特集を企画した。観光ガイドではない。温故知新をテーマに、ものづくりにチャレンジしている人を取り上げた。完売し、メディアと作り手の双方に喜ばれ、好循環が生まれた。

メディアも京都の事情も分かっている自分の存在価値を感じることができる仕事だった。スポーツの島田から、出身者として京都の文化を伝える島田と認識してもらるようになってきた。

京都の染めの技術を生かしたアロハシャツを全国に発信するお手伝いもしたが、ものづくりの高い技術を持っているのに、うまく外に伝えられず迷路に入っているものも多い。京都の外に出て京都の良さを知った自分がそこに「橋」となって、発掘と発信の役割を担う。そんな仕事がしたい。京都の行政の人たちとのかかわりも広げたい。

今は京都がブームのようだが、注目されるときもあれば、されないときもある。乱獲乱売のようにメディアにのせたくはない。生まれ育った人間として、ものづくりの基本にある姿勢を忘れず、地に足をつけて「本質」を伝える活動をしたい。

取材で出会った人たちでも、世界に通用する人は常に攻め続けている。いいものをどう磨きこむかを考えている。中田英寿さんや葉加瀬太郎さんはそういう点で印象が強い。京都も同じではないか。もっと「世界の中の京都」としてどうあるべきかを意識してもいい。


しまだ・あきひこ
1964年京都市中京区生まれ。城巽中、東山高から立教大へ。スポーツ雑誌「ナンバー」の編集に携わり約10年間、サッカーW杯や五輪などを取材する。現在は東京のFM局J-WAVE、雑誌「モノ・マガジン」などを通じて京都情報を発信。今後は京都文化を伝える活動を「from KYOTO」と名付け、充実させる計画だ。